ごちそうは時々、バナナの葉の上に乗っているものです。
20代の頃、南インド料理ばかり食べている時期がありました。
バナナの葉の上に乗った、あの鮮烈な香り高き料理。酸っぱさと苦さの不思議なバランス。インパクトが強過ぎて、二日酔いが一気に吹き飛ぶ感じ。
ベジタリアン料理についてぼんやりと抱いていたイメージがことごとく覆されて、スパイスの組み合わせが無限にあることを知って、どんどん深みにはまっていきました。
当時は麹町のアジャンタが24時間営業をしていた時代。朝食にマサラドーサが食べられた時代。(マサラドーサ=米粉のクレープに、付け合わせのサンバル・カレー)
今でも時折ふらっとあちこち名店を訪ねることがあるのですが、もう、行きたくても行くことが出来ないお店が、かつて横浜の緑園都市にあったGANESHです。
このお店は2007年の夏に、店主の逝去という残念な結末により閉店してしまいました。
ああ懐かしい。店主の石原さんには、いろんな珍しい料理を、コソッと出していただきました。
「コソッと」というのがミソで、お客さんがたくさん入っている中ではしらっとしていて(失礼)、誰かを特別扱いすることはないんですね。
でも、店内混み合っていて、一人ポツンとカウンターに通されたとき、コソッと「今日は特別に〜がありますよ」と耳打ちするのです。この絶妙な間合いといったら。客商売にとって、今思うと大変勉強になります。
そんなこんなで、特別に味わうことのできた料理の数々。
春 マゴチのミーン・モリィ(すごくいい出汁が出ている爽やかなフィッシュカリー)
ツルムラサキのサブジ
シラス・ビリヤニ(逗子小坪のシラスを、バスマティライスと合わせた、塩味絶妙のビリヤニ)
夏 マナガツオのミーン・コロンブ(初鰹を酸味の効いたカリー・ソースで)
ジンガ・カリー(有頭エビとそら豆のカリー)
ポーク・ビンダルー
秋 マチュリ・パコラ(魚のスパイシーつみれ)
サグ・マッシュルーム(ほうれんそうとマッシュルームのカリー)
冷製アヴィヤル(ヨーグルトベースの野菜カリーを冷やして食べるうまさを初めて教わりました)
冬 ナンドゥ・マサラ(ワタリガニの味噌をたっぷり使った濃厚カリー)
オイスター・カリー
クラム・カリー
特に、マナガツオのミーン・コロンブを出してもらった時の、石原さんのドヤ顔が忘れられない。なんて言ったって、日本では栽培困難なカレー・リーフ(南インド料理には欠かせないスパイス)を沖縄で栽培することに成功して、空輸した生葉を初めて使った料理だったから。
あのときの、清冽で革新的な芳香は今でも忘れられません。夜中にその香りを感じた気がして、ふと目を覚ますことがあります。そう、禁煙中の禁断症状のように。
石原さんの料理の真骨頂は、南インド料理のスパイス使いを活かして、日本の四季折々の食材の旨味を引き出すこと。それも、ソース使いなどにフランス料理の技法を感じさせる、見た目がとても綺麗な一皿に仕上げていたことです。
このようにオリジナリティ溢れる一皿ばかりですが、石原さんの意思を継承した奥様とシェフによって、今、そのいくつかを注文することができます。
横浜の能見台にGANESHが再オープンしたのは、もう二年以上前になるでしょうか。家から遠くて一年以上ご無沙汰しておりますが、素晴らしい料理の数々を提供し続けていると、もっぱらの評判です。
いつもの生活に、ちょっとだけ南インド料理のエッセンスを、いかがでしょう。決して難しいものではありません。むしろ人生をちょっと豊かにしてくれるはず。