タイ人作家のすてきな短編小説

いや、タイ人といっても、タイ系アメリカ人なのですよ。この短編小説集の創り手は。

お名前は、ラッタウット・ラープチャルーンサップ Rattawut Lapcharoensap  。。。覚えられませんっ!

この作家の処女短編小説集、『観光』(原題:sightseeing)が素敵すぎるのですよ、っていう話です。

なお、僕は原著(アメリカのペーパーバック)で読みましたが、ハヤカワepi文庫から、840円というお求めやすい金額で邦訳版が出ています。でも、すごく読みやすい英文なので、原著で読むことをお勧めします。

話の展開がうまいので、ちょっとわからない英単語があったとき、そこに立ち止まるということはありません。物語に引っ張られる感覚というのでしょうか、細かいことは気にせず、グイグイと読み進められます。わからない単語も、推測で意味がつかめるという、そういう感覚です。

『観光』っていうタイトル、全ての短編の場面設定はタイランド本国。

ルーツはタイ人でありながらも、アメリカ人として描いたタイの人々のくらし。物語の視点はあくまでもタイ人だけれど、はるか上空から、外国人として母国を眺めているという、そういった達観からくる洞察が、この小説の根幹でもあります。

タイトルにもなった一編「観光」(原題:Sightseeing)に、こういう表現があります。

I remember Ma telling me as a child that Thailand was only a paradise for fools and farangs, for criminals and foreigners(僕が子どもの頃、ママはいつもこう言っていた。タイって国は、頭の悪い奴とガイジンと、犯罪者とよそ者のためのパラダイスだよ、ってね。)

ちょっと言い過ぎな感じもありますが、このシニカルでアイロニックな視点が、この物語の最も大きな特徴だと思います。

どの作品を読んでも、読後感は甘酸っぱい感じ。例えて言うと、北野武の「キッズ・リターン」の世界といいましょうか。もしくはアキ・カウリスマキのフィンランド映画の情景。しんみりとせず、じわりと心に訴えかけてくるという感じといえばいいか。すごく自然で軽くて、てらわない作風。

それでいて、ラストで物語が急展開する書き方に、キラリとした作者の才能を感じさせます。ここで話が終わっちゃうの!?っていう切り方も、実は読み手の想像力を喚起させる、ある種のテクニックなのかもしれません。展開の仕方で特に良かったのは、「ガイジン」(原題:Farangs)「カフェ・ラブリーで」(原題:At the cafe Lovely)「プリシラ」(原題:Priscilla the Cambodian)。

短編小説の作家としての才能は抜群。今後、長編小説にも期待したいところですが、情報によると作家は現在行方不明中(笑)。創作の重圧によるものでしょうか。ぶじ生きててほしいなぁ。

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